オーディエンスの30代の無職の方と、50代〜60代の男性と会話で違和感を覚えた。
違和感というか、やっぱりそんなものかといった感じだ。
50代〜60代の男性曰く『現代の若者にはガッツがない』とおっしゃっていた。
この方の経験論からの発言だろうが、こういう方が『大人』の社会を形成し、政治参加し、出来た国の現状が今だ。
まさに、彼らの意見の総体が、彼ら曰く、現代の『ガッツがない』若者であり、『親のすねをかじっている親不孝な子供』だ。
その発言には彼らの『責任』が感じられない。
もちろん、全ての方ではないはずだが。
資本主義社会、日本。
働かざるもの食うべからず。
技能のない人間、対費用生産性が低い者は、仕事にありつけず、貧困生活をしなければならないのが資本主義。
私が生まれた時から世の中は資本主義。
子供達は、社会に適用できるため、平均化を求めるための教育を受けてきた。
ここにきて社会の基盤である、仕事、会社が、突然、平均化な人間は要らないと言い出した。
個性、スキル、他にはまねが出来ないものを求める。
おおよそ、義務教育やそれ以降の教育でも育成しなかったことを求めるようになった。
その変化であがいている若者。
「フリーター」、「ニート」、「ネットカフェ難民」、「ワーキングプア」
教育を受けさせた、大人や社会は、こぞってこれらのような生活をしている人たちを、
『ガッツがない』『意欲がない』『ひ弱なんだ』と言い出し、責任を放棄する。
日本は平和だ。
戦争もないし、兵隊に駆り出されることもない。
死なない程度だったら食べ物もあるし、中流意識の家庭でも、食料を捨てながら生きている。
もっとも平和だと感じることは、『大人世代』達の無責任さだ。
『平和』は必ずしも人間にとって『幸せ』とは限らない。
同感です
若者個人を責める(ガッツが無い)のはもはや筋違いで、
ワーキングプア層の拡大は、旧来の日本における
資本主義モデルの構造自体になんらかの変化が
必要とされていることの現れと私は思います。
shinystar | URL | 2008年04月28日(Mon)11:21 [EDIT]
>shinystarさん
コメントありがとうございます。
>資本主義モデルの構造自体になんらかの変化
私も同じように思っております。
お金持ち、そうでない人の、両者での絶対的な価値観(どっちが幸せか等)というのはないのですが、資本主義の中では、お金を持っていないと、何かにチャレンジしたくても何も出来ないのが現実だと思います。
大きな話になってしまいますが、未来の子供達のためにも、また、現在生きている、大きな可能性を秘めているかもしれない方たちのためにも、しいては日本のためにも『機会の均等』だけは拡大確立してほしいと願うばかりです。
人間 | URL | 2008年04月29日(Tue)21:49 [EDIT]
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